毒になる親
それでもあなたは悪くない
子供には、身体の中に
母親の細胞が残っているという。
それは、子供が大人になっても
事あるごとに、形を変えて
病気などと闘い、子供を守ってくれる。
なんて素晴らしい母の力だ
という記事を読んだ。
確かに、自分が母親になった今
離れていても子供を守ってくれるのは
すごくありがたい。
それと同時に、
母親から生まれたくせに
私の身体の中に
「母」が残っていることについて
人知れず、沸々と
気が付かないように
でも確実に黒く
湧き上がるものがあった。
嫌悪感だ。
母が残してくれたものは
たくさんの愛情だと思う。
無事に生かしてくれた事
それだけで感謝すべきだと
人は言うのだから。
しかし
この細胞のように
身体に残るものは他にもある
意図せずにぶつけられた
「言葉のかけらたち」だ。
身体に傷を負わせる暴力よりも
長く浸透して
何十年経ったあとも
事あるごとに
自分を責め、痛めつけるのは
「言葉の暴力」の跡だ。
もうあと4年もすれば
信長なら死んでるぜ?って
歳になったけれど
私は自責の癖が止まらず
常日頃、起きることに対して
「すべて自分が悪いからだ」
と相変わらず
全てを背負っている。
それは休む事もなく
何もかもを背負い込んで
少しずつ私から
生きる楽しみと輝きを
奪っていた。
頭の中のお母さんは
常に「それでいいのか」を
私に問い
「だからあなたは…」
と評価し出す。
もしかしたら、沢山の人が
この経験をしているのかも
しれない。
多くの人が、それを
自身の性格だと勘違いしたまま
常に苦しんでいる。
私が出会ったこういった人達の多くは
ほとんどが「まじめで努力家」
「優しい」のような人ばかりだ。
周りから見れば、
たくさんの優れているところが
あるにも関わらず、
常に追い立てられ、生きにくそうに
もがいている。
私が発信を始める理由に
なったのは、これだった。
「生きづらい」私が
同じような人たちに
「それでもいい」
「そのままでいい」
「あなたは、何も悪くない」
を伝え続けて、
少しでも支えになりたいと
思ったのが11年間の今頃だった。
これから手術を受ける雨の朝。
大量の前処置を受けながら
今、これを書いている。
あとどれだけ、伝えられるのか
わからない。
だけど、少しずつ
私はやっぱりあなた達に
届けたい。
「あなたは悪くない」
だから、どうか
笑っていて欲しい。
氷を溶かすように
この塊を溶かしたとしても
噴き出すのは、赤い血かも
しれない。
僕らは
それほどまでに
傷ついてきた事を
どうか忘れないで欲しい。
その痛みは、もう
背負わないでいいことも
少しずつ、一緒に歩いて
伝えていきたい。
大雨の朝に。
